☆基本的人権保障の思想☆

 

古代・中世の伝統的社会では、国家の存在は当然して絶対的なものと理解され、国家を動かす王(絶対主義君主)の権力は無制限とされていた。必然的に社会においては、厳格な身分制度(秩序)が確立されており、人々は生まれながらにして身分に応じた義務が課せられていた。

 

絶対主義君主(王朝)の下で、君主に支配され義務の負担を強いられていた被支配者階級の市民たち(近代市民=新興ブルジュア階級)は次第に経済的実力を蓄えていく中で、財産権・営業権の確認や身分的特権の廃止および君主による恣意(しい)的な刑罰権の発動の抑制等の要求が生まれるようになった。それが、すべての「人間の自由と平等」という(基本的)人権の主張であり、「契約の無いところに義務は無い」とする社会契約の考え方であった。それはまた、社会の基礎構造を「身分から契約へ」転換させることを意味した。

 

こうした社会的要求(歴史的背景)を理論化したのが、(「君主=国王の権利は神から授けられた絶対不可侵のもので、人民は国王に無条件に従わなければならなく、人民の国王に対する反抗は認められない」とする)王権神授(しんじゅ)(王権万能説。なお大日本帝国憲法下の神勅〔しんちょく〕主義もこの説の一種)を批判したイギリスのロックやフランスのルソーらを代表者とする社会契約説であった。

 

彼らの主張するところは、人が作った(人為的な)法を超えた自然権の承認・自然状態の想定・社会契約による統合であったが、ロックによれば、「人間が国家をつくる以前の自然状態においては、人間は生まれながらにして、生命・自由・財産を確保する権利(自然権=天賦〔てんぷ〕人権〔自然権の訳語〕)をもっており、この自然権が侵されないように、各人は共同でこれを守るため、お互いに約束をして(契約を締結して)国家をつくった社会契約説ことになる。そこでは、人民の信託に基づき政府が形成される(社会契約による政府の組織)が、この政府が人民の信託を裏切って、その人権を踏みにじるようなことがあれば、人民の側はこれに抵抗し、政府を変更する権利(抵抗権=革命権)をもつ」ことになる。

 

こうした基本的人権を主張するロックらの思想は、コモン・ロー(普通法=一般法。13世紀頃に確立されたノルマン王朝の中央主権的は政治、特に司法政策によって、裁判所が判決を通じて作り上げた統一法で、その後16〜17世紀において判決を通して発展した)に見られる、「自然法思想に基づき、法の下に政治権力を従属させ、国民は法の下の平等で、統治者も被統治者も法に拘束され、権力は法に基づいて行使されるという」という「法の支配」の原理と相まって、イギリスの市民階級が成し遂げた名誉革命を正当化した。そしてこの思想は、人権擁護の運動をささえる有力な論拠、つまり近代市民階級の解放運動の理論的支柱となり、やがて(国民の政治参加としての議会を持ち、基本的人権保障を目的とした権力分立を採用し、国家権力の行使を憲法に基づいて行なうという考えの)立憲主義(立憲制)」の政治理論にまで成長するのであった。

 

かくして基本的人権擁護の思想と運動は、市民革命を推進し、憲法を制定する原動力となっていくが、それはまずイギリスで起こり、アメリカやフランスに継承されていった。基本的人権擁護(保障)のための確認書がさまざまな宣言や法典であったが、これらの宣言や法典を確立するために、各国で激しい抗争が展開され、それは往々にして流血の惨事を招くことになった。

 

現在、近代国家の憲法のほとんどが、基本的人権を保障するための規定をかかげているが、それらはすべて、自由と権利を獲得するための闘争の成果であり、基本的人権獲得のために闘った人々を賞賛する祈念碑でもある。

 

人権宣言や法典で世界的に有名なものとして、イギリスでは1628年の(議会が王権を制約した)権利請願、1679年の人身保護法、名誉革命の翌年の1689年の(人民の権利・自由を宣言した)権利章典、アメリカでは1776年のバージニア権利章典、同年のアメリカ独立宣言、1791年に合衆国憲法に追加された10か条の権利章典、フランスでは1789年の大革命の成果として宣言されたフランス人権宣言、1791年のフランス憲法などがあげられる。

 

第2次世界大戦後のもので最も重要な意義を持つものは、1948年に国連総合で採択された「世界人権宣言(人権に関する世界宣言)である。

 

これは、人権を踏みにじる最大の出来事を意味した第2次世界大戦の惨禍、つまりファシズムの再来を防ぎ、二度と戦争を起してはならないことを願うとともに、自由・正義・平和を全世界に実現するために採択されたものであった。そしてそれは前文と30か条からなり、個人の自由だけでなく、社会保障をも含めた幅広い人権の擁護が盛り込まれている。

 

その後、1966年に国際的に実効性のある人権保障をめざして、国際人権()規約が採択されたほか、各種の宣言や条約が誕生している。

 

説明: L-L09e

 

社会契約説の比較

 

 

トーマス・ホッブズ

(1588〜1679)

説明: hobbuzu

ジョン・ロック

(1632〜1704)

説明: rokku

ジャン・ジャック・ルソー

(1712〜1778)

説明: ruso

主 著

『リヴァイアサン』(1661年)

『市民政府(二)論』(1660年)

『社会契約論』(1762年)

人物紹介

イギリスの王党派の哲学者・政治学者。清教徒革命の直前にフランスに亡命したが、のち帰国、1860年の王政復古(過去に廃止された君主政体を復活すること)によって、国王の厚い保護を受け、絶対主権者を認め絶対王政を擁護し、強力な専制権力による統一を説いた。

イギリスの政治思想家・哲学者。王権神授説を批判し、自然権思想や権力分立論・革命権を主張して名誉革命を正当化(理論化)し、後のアメリカ独立革命やフランス革命に大きな影響を与えた。また『寛容に関する第一書簡』では信教の自由を説いた。

フランスの思想家・文学者。人民王権・一般意志・抵抗権の概念に基づいてロックの社会契約説を論理的に徹底し、人民主権の概念を確立した。また近代民主政治を理論化し、後のフランス革命に大きな影響をあえた。さらに、直接民主制を説いたことでも有名である。なお、一生のうちの大半を放浪・貧困・迫害のきびしい状況で送った。

自然状態

万人の万人に対する闘争。法的真空状態

自由・平等・独立に支えられた平和状態

自由・平等で自然と調和した理想的状態

理想国家

平和国家

立憲制

民主制

国家と個人の関係

人間の本性に関する悲観的立場から、人民が基本的人権を尊重しあって平和に生きるためには、人民各自が統治者である絶対主権者に理性的合意を持って、自然権を譲渡する必要がある。それによって(絶対主権者)によって平和が維持される。

国家は、自己の財産権を守るため社会契約によって人民がつくるもので、最高権力は人民にあり、政府はその受託者にすぎない。それゆえ受託の目的に反した政治が行なわれた場合には、人民に国家に抵抗する権利(抵抗権)が発生する。

既存の自然法思想を批判し、国家は、人民の社会契約によってつくられ、政治は、公共の福祉をめざす人民全員の一般意思(一般意思の表明)に基づき行なわれる。また、主権は人民に存在し、譲渡も分割もできない。

社会契約の内容

「自然」は人間を心身の諸能力において平等につくった。したがって、ときには他の人間より明らかに肉体的に強く精神的に機敏な人が見いだされはするが、しかしすべての能力を総合して考えれば.個人差はわずかであり、ある人の要求できない利益を他の人が要求できるほど大きなものではない。…もしもふたりの者が同一の物を欲求し、それが同時に享受できないものであれば彼らは敵となり、その目的にいたる途上においてたがいに相手をほろぼすか、屈服させようと努める……。

 以上によって明らかなことは、自分たちすべて畏怖(いふ)させるような共通の権力がない間は、人間は戦争と呼ばれる状態、各人の各人に対する戦争状態にある。

人々が外敵の侵入から、あるいは相互の権利侵害から身を守り…快適な生活を送っていくことを可能にする‥唯一の道は、すべての人の意思を多数決によって一つの意思に結集できるよう、一個人あるいは合議体に、彼らの持つあらゆる力と強さとを譲り渡してしまうことである。

 

永井道雄訳『世界の名著−リヴァイアサン』(中央公論社)

 

人間は‥‥本来、万人が自由平等独立であるから、何人も、自己の同意なしにこの状態を離れて他人の政治的権力に服従させられることはない。

人が自分の自然の自由を棄て市民的社会の羈範のもとにおかれるようになる唯一の道は、他の人と結んで協同体を作ることに同意することによってである。その目的は、彼らの所有権の享有を確保し、かつ協同体に属さない者による侵害に対してより強い安全保障を確立し、被らに安全、安楽かつ平和な生活を相互の間で得させることにある。‥‥

 ‥‥協同体の維持のために行動している、組織された国家にあっては、ただ一つの最高権しかあり得ない、これが立法権である。それ以外の一切の権力はこれに服従し、また服従しなければならないのである。しかも立法権は、ある特定の目的のために行動する信託的権力に過ぎない。立法権がその与えられた信任に違背(いはい)して行為したと人民が考えた場合には、立法権を排除または変更し得る最高権が依然としてなお人民の手に残されているのである。

 

 

鵜飼信成訳『市民政府論(岩波文庫)

「共同の力をあげて、各構成員の身体と財産を防禦(ぼうぎょ)し、保護する結合形態を発見すること。この結合形態によって各構成員は全体に結合するが、しかし自分自身にしか服従することなく、結合前と同様に自由である」これこそ社会契約の解決する基本問題である。‥‥もし社会契約から本質的でないものを分離するならば、それは次のことばに帰着するだろう。

「われわれのだれもが自分の身体とあらゆる力を共同して、一般意思の最高の指揮のもとにおく、そうしてわれわれは、政治体をなすかぎり、各構成員を全体の不可分の部分として受け入れる」‥‥

 したがって私はここに述べたい、主権は一般意思の行使にほかならないから、譲る渡すことはできないし、主権者は集合的存在にほかならないから、集合的存在によってしか代表されることはできない、と。

 

 

 

 

 

井上幸治訳『世界の名著―社会契約論』(中央公論社)

 

備考;モンテスキユーの権力分立論(1748年)

 

「…政治的自由は温和政体にしか見いだせない。しかしそれは、穏和国家にはつねにあるというのではない。それは、権力の濫用されぬときにしか存在しない。だが、権力をもつ者はすべて、それを濫用する傾向があることは、永遠の体験である。‥‥‥人が権力を濫用しえないためには、事物の配列によって、権力が権力を阻止するのでなければならぬ。‥‥‥ 同一人、または同一人の執政官団体の掌中に立法権と執行権が結合されているときには、自由はない。なぜなら、同じ君主あるいは同じ元老院が暴政的な法律を定め、それを暴政的に執行するおそれがありうるからである。

 

裁判権が、立法権と執行権から分離されていないときにもまた、自由はない。もしそれが、立法権に結合されていれば、市民の生命と自由を支配する権力は恣意的であろう。なぜならば、裁判官が立法者なのだから。もしそれが執行権に結合されていれば、裁判官は圧制者の力をもちうることになろう」(井上幸治訳『世界の名著−法の精神』(中央公論社)。

 

 

アメリカ憲法修正条項(1791年成立)

 

一般に、「権利の章典」(Bill of Rights)と呼ばれる

 

第1修正(信教・言論・出版・集会の自由、請願権)

 連邦議会は、国教を樹立し、または宗教上の行為を自由に行なうことを禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに人民が平穏に集会する権利、および苦情の処理を求めて政府に対し請願する権利を侵害する法律を制定してはならない。

 

第2修正(人民の武装権)

 規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。

 

第3修正(軍隊の舎営に対する制限)

 平時においては、所有者の同意を得ない限り、何人の家屋にも兵士を舎営させてはならない。戦時においても、法律の定める方法による場合のほか、同様とする。

 

第4修正(不合理な捜索、逮捕、押収の禁止)

 不合理な捜索および逮捕または押収に対し、身体、家屋、書類および所有物の安全を保障されるという人民の権利は、これを侵してはならない。令状は、宣誓または確約によって裏付けられた相当な理由に基づいてのみ発せられ、かつ捜索さるべき場所および逮捕さるべき人または押収さるべき物件を特定して示したものでなければならない。

 

第5條正(大陪審の保障、二重の危険の禁止、デユー・プロセス、財産権の保障)

 何人も、大隈審の告発または起訴によらなければ、死刑を科せられる罪その他の破簾恥罪につき責を負わされることはない。ただし、陸海軍、または戦時もしくは公共の危険に際して現に軍務に服している民兵において生じた事件については、この限りではない。

 何人も、同一の犯罪について重ねて生命身体の危険に臨ましめられることはない。何人も、刑事事件において自己に不利な証人となることを強制されることはなく、また法の適正な過程(due purocess of law)によらずに、生命、自由または財産を奪われることはない。何人も、正当な補償なしに、私有財産を公共の用のために徴収されることはない。

 

第6修正(陪審審理、迅速な公開の裁判その他刑事上の人権保障)

 すべての刑事上の訴追において、被告人は、犯罪が行なわれた州およびあらかじめ法律によって定められた地区の公平な陪審による迅速な公開の裁判を受け、かつ事件の性質と原因とについて告知を受ける権利を有する。被告人は、自己に不利な証人との対質を求め、自己に有利な証人を得るために強制手続を取り、また自己の防禦のために弁護人の援助を受ける権利を有する。

 

第7修正(民事事件における陪審審理の保障)

 コモン・ロー上の訴訟において、訴額が20ドルを超えるときは、陪審による裁判を受ける権利が保障されなければならない。陪審によって認定された事実は、コモン・ローの準則によるほか、合衆国のいずれの裁判所においても再審理されることはない。

 

第8修正(残虐で異常な刑罰の禁止等)

 過大な額の保釈金を要求し、または過重な罰金を科してはならない。また残酷で異常な刑罰を科してはならない。

 

第9修正(人民の権利に関する一般条項)

 この憲法に一定の権利を列挙したことをもって、人民の保有する他の諸権利を否定しまたは軽視したものと解釈してはならない。

 

第10修正(州または人民に留保された権限)

 この憲法によって合衆国に委任されず、また州に対して禁止されていない権限は、それぞれの州または人民に留保される。

 

『解説世界憲法集−改訂版』(三省堂)より引用

 

 

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