甲山(かぶとやま)事件の経過◆

 

甲山事件とは

 

 1974年3月、兵庫県西宮市六甲山系甲山のふもとにある知的障害の子どもたちの施設「甲山学園」(1981年に廃園)で当時12歳の男女の園児2人が行方不明となり、園内浄化槽から溺死体で発見された。

 

女児は事故死とされたが、兵庫県警は同年4月、中学2年生の時、NHKの「青年の主張」を見て保母を志し、短大卒業の20歳の時に甲山学園に就職した当時22歳の山田悦子さんを、当直日の出来事であったことから男児殺人容疑で逮捕した。

 

山田さんは当然のことながら証拠不十分として釈放され、翌年9月、神戸地検尼崎支部は不起訴処分(嫌疑不十分)としたが、男児の遺族が神戸検察審査会に検察処分の不服を申し立てる。

 

同審査会の不起訴不当の議決を受けて同地検が再捜査を開始、2人の園児から「山田保母が男児の両足を持って廊下を引きずり、非常口から外に連れ出すのを見た」との新たな目撃供述(そのうち1人は事件から3年以上たった後での証言)を得て、事件から4年後の1978年2月に山田さんを同じ容疑で再逮捕、山田さんはいったん自白、起訴されるが、後に否認に転じる。

 

取り調べは分刻みのアリバイ証明を迫り、山田さんは「混乱した末に、『父親や職員が疑っているぞ』と捜査員から聞かされた」うえ、「検事の指示で震えながら両手を上げると、『その手でお前がやったんだろう』と怒鳴られ、もうどうでもよくなり」自白をしたのである。うその自白をしてしまうのは、暴力や圧迫からだけではないことが証明された事例でもあった。自白に頼る捜査の危なさを顕著の証明している。

 

神戸地裁は188510月、園児証言は信用できないとし、山田さんに対して無罪判決を言い渡したが、大阪高裁は1990年3月、園児証言の信用性は否定できず、山田さんのアリバイについて審議が不十分として無罪判決を破棄し、審理を同地裁に差し戻した。山田さんは上告したが、最高裁はこれを棄却した。

 

しかし神戸地裁は1998年3月の差し戻し審判決で、山田さんを再び無罪とした。 

 

検察はこれを不服として控訴するが、1999年9月大阪高裁は、「園児の証言や状況証拠からは山田さんを犯人と認めることはまったくできず、アリバイが成立する可能性が高い。山田さんの捜査段階での自白も信用性に乏しい」などとし検察側の主張を全面的に否定、無罪を言い渡した差し戻し審の神戸地裁判決を支持して検察側の控訴を棄却した。3度目の無罪判決である。

 

甲山事件は、逮捕→不起訴→釈放→再逮捕→起訴→無罪(地裁)→差し戻し(高裁)→上告棄却(最高裁)→無罪(地裁)→検察控訴→高裁棄却(無罪)という複雑な経過(無罪判決は3度だされたが、少なくとも有罪判決は1度もない)をたどったばかりでなく、事件から25年(4半世紀)、初公判からでも既に20年以上が経過する、一般事件として史上最長となった。

 

「長すぎる裁判は、裁判の拒否に等しい」という法格言があるように、検察側の懲役13年の求刑や殺人罪の公訴時効15年(当時)をはるかに上回る約20年以上を費やした訴訟指揮は、「判決なき牢獄生活だ』(有罪判決がないまま牢獄に入れられたようなもの)を意味する。憲法37条が、公正で迅速な裁判を受ける被告の権利を保障しているのは、こうした弊害を防ぐためであるが、甲山冤罪事件は「被告が罪責の有無未定のまま放置されることで社会的不利益を受ける」こととも相まって、民主主義社会の基盤である基本的人権尊重の上から重大な問題をかもしだしたといわなければならない。

 

説明: kabuto

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 1974年3月19日、兵庫県西宮市六甲山系甲山(かぶとやま)のふもとにある知的障害の子どもたちの施設「甲山学園」(1981年に廃園)で男女の園児2人(いずれも当時12歳)が行方不明となり、園内浄化槽から溺死体で発見された。女児は事故死とされたが、兵庫県警は同(74)年4月、山田悦子(22歳)元保母(中学2年生の時、NHKの「青年の主張」を見て保母を志し、短大卒業の20歳の時に甲山学園に就職)を男児の殺人容疑で逮捕(山田元保母当直日の出来事)。しかし、山田元保母は証拠不充分として釈放され、翌(75)年9月、神戸地検尼崎支部は不起訴処分(嫌疑不十分)とした。これに対して男児の遺族が神戸検察審査会に検察処分の不服を申し立てる。

説明: kabutomitorizu

(学園見取図)

 神戸検察審査会の不起訴不当の議決を受けて同地検が再捜査。2人の園児から新たな目撃供述「山田元保母が男児の両足を持って廊下を引きずり、非常口から外に連れ出すのを見た」−そのうち1人は事件から3年以上たった後での証言)を得て、事件から4年後の78年2月に山田元保母を同じ容疑で再逮捕、起訴した。

 神戸地裁は85年10月、山田元保母に園児証言は信用できないとして無罪判決を言い渡したが、大阪高裁は90年3月、園児証言の信用性は否定できず、山田元保母のアリバイについて審議が不十分として無罪判決を破棄し、審理を同地裁に差し戻した。山田元保母の上告も最高裁が棄却。同地裁は98年3月の差し戻し審判決で、山田元保母に再び無罪を言い渡した。 

 つまり甲山事件は、逮捕不起訴→釈放再逮捕起訴→無罪(地裁)→差し戻し(高裁)上告棄却(最高裁)→無罪(地裁)→検察控訴という複雑な経過無罪判決な2度だされたが、少なくとも有罪判決は1度もない)をたどったばかりでなく、事件から25年(4半世紀)、初公判からでも既に20年以上が経過(一般事件として史上最長となる。「長すぎる裁判(長期裁判)は、裁判の拒否に等しい」ということわざがあるように、検察側の懲役13年の求刑や殺人罪の公訴時効15年をはるかに上回る約20年以上を費す訴訟指揮は大問題。さらには「被告が罪責の有無未定のまま放置されることで社会的不利益を受ける」のは人権侵害だ。これでは、『判決なき牢獄生活だ』(有罪判決がないまま牢獄(ろうごく)に入れられたようなもの)。憲法37条が、公正で迅速な裁判を受ける被告の権利を保障しているのは、この弊害を防ぐためである⇒「迅速な裁判」は基本的人権の一つとして憲法に保障されたものだ。

説明: kabutozemmkei 

(事件直後の学園全景;拡大画像

第1次捜査(97年3月〜75年9月)

【1974年】                       

 3月17日 甲山学園で12歳の女児溝渕光子ちゃんが行方不明に。  

 3月19日 12歳の男児藤原悟ちゃんが行方不明に。浄化槽から2児の遺体(溺死体)発見。   

 4月07日 兵庫県警が当時の山田(旧姓松崎)悦子保母を男児殺害容疑で逮捕。     

 4月28日 神戸地検尼崎支部が山田元保母を処分保留で釈放(22日間の拘置から釈放され甲山学園に戻った日、園児が山田元保母に駆け寄ってきた)。  

 7月30日 山田元保母と荒木元園長、多田元指導員の計3人が国と兵庫県を相手取り国家賠償請求訴訟を提起。後に刑事裁判の進行で審理中断。

【1975年】      

 9月23日 神戸地検尼崎支部が元保母を(殺人容疑)嫌疑不十分で不起訴処分。

10月03日 男児の遺族が神戸検察審査会に不服申立て。

第2次捜査(76年10月〜78年3月)        

【1976年】                         

 1月〜10月 元保母らの国賠訴訟で元園長と元指導員が元保母のアリバイを証言。               

10月28日 神戸検察審査会が不起訴不当の議決⇒神戸検察審査会の不起訴不当議決を受けて神戸地検が再捜査。 

【1978年】                         

 2月27日 神戸地検は園児から新たな目撃供述(「山田元保母が男児の両足を持って廊下を引きずり、非常口から外に連れ出すのを見た」)を得て、元保母を殺人容疑で再逮捕。同時に、元園長、元指導員を国家賠償訴訟での偽証容疑(山田もトップページ保母のアリバイ証明)で逮捕。                   

 3月09日 神戸地検山田元保母を殺人罪で起訴⇒強引にみえる起訴は、強気の捜査で知られた逢坂貞夫検事正(大阪高検トップの検事長を99年6月に退官)が捜査を指揮したことと大いに関係か?

 3月24日 元保母を釈放。

 3月19日 神戸地検元園長と元指導員を偽証罪で起訴。

第1審(78年6月〜87年11月)

【1978年】
 6月05日 神戸地裁で初公判(計68回の公判)。 

【1985年】                         

 4月18日 検察側が元保母に懲役13年を求刑。        

10月17日 神戸地裁が元保母に(殺人容疑)完全無罪判決⇒詳細は。 

10月29日 検察控訴

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【1987年】                        

11月17日 神戸地裁が元園長、元指導員に(偽証容疑)無罪判決。

11月27日 検察控訴

第2審(88年10月〜90年3月)

【1988年】

10月12日 大阪高裁で山田元保母の控訴審初公判(計18回の公判)     

【1990年】                        

 3月23日 大阪高裁が元保母の無罪判決を破棄・差し戻し。

 4月07日 弁護団上告。

上告審(90年4月〜92年4月)

【1992年】                        

 4月07日 最高裁が元保母の上告を棄却。            

【1993年】                        

 1月22日 大阪高裁が元園長、元指導員の(偽証容疑)無罪判決を破棄・差し戻し。

差し戻し審(93年2月〜98年3月)

【1993年】

 2月19日 神戸地裁で山田被告の差し戻し審公判(計69回の公判)

【1997年】

 7月01日  差し戻し審論告求刑公判が午前10時から、神戸地裁第4刑事部(吉田昭裁判長)で開かれ、検察側は同日午後、同被告に対し一審と同じ懲役13年を求刑(論告文は約1000ページ)。 

11月05日 山田元保母、元園長意見陳述。結審。                     

【1998年】                         

 3月24日 神戸地裁、山田元保母(46才――4度目の判決)および元園長に無罪判決⇒⇒⇒(検察官の主張を「偶然性が作用した奇跡的な犯行」などと検察側立証の核心部分が、再びことごとく退けられ、強引とも言える捜査手法や起訴に警鐘を鳴らした判決となった)⇒⇒⇒最大の争点「元保母が悟君を連れ出すのを見た」などとする園児5人の証言(うち4人の証言は事件後3〜4年たって出てきた)信用性だったが、吉田裁判長は「不可解なものも多く、3年以上たって供述した経緯には、多くの疑問点があって不自然。捜査官の誘導の影響もみられる」と認定。「証言は5人とも信用できない」と述べた。さらに、「宿直だった2日前に別の女児の浄化槽転落を目撃。責任が問われるのを恐れ、カムフラージュのために悟君を浄化槽に落とした」との捜査段階での自白の信用性を検討。「内容は断片的で、あいまいな表現が多く、動機も不合理、不可解で、極めて信用性が乏しい」とした。2審が「有力な物証」とした山田元保母のコートと悟君のセーターに相互に付着していた繊維片についても、「状況証拠にすぎず、証明力には限界がある」と、証拠としての価値を否定。2審が審理を尽くすよう求めた事件当夜の山田元保母のアリバイについては、「アリバイがないとする検察側の主張には疑問が多いうえ、アリバイの有無は、直接、犯罪の証明にはつながらない」と判断した。また、差し戻し審では新たな争点として「上級審の判断は下級審の判断を拘束する」とする裁判所法の解釈があったが、吉田裁判長は「新たな証拠調べをしたので、拘束されない」とした。

 ☆無罪は非常に残念――事件当時の神戸地検検事正だった別所汪太郎弁護士の話・一審は無罪で、その後高裁、最高裁が示した判断に基づく差し戻し審なのに、また無罪ということで非常に残念。判決では「新たな証拠調べを行ったので控訴審の判断には拘束されない」としているが、法解釈的に拘束力はあると思う。園児の証言が信用できないとしているが、日常的な問題では能力がある。むしろうそを構成して言う能力はない。今でも有罪という確信を持って起訴したと考えている。

 ☆一審で特別弁護人を務め、園児供述を分析した浜田寿美男・花園大教授(発達心理学)・弁護団の主張が完ぺきに認められ、安心した。園児供述は一審の無罪より、取り調べでの検察の誘導の事実を指摘し、評価できる。園児供述については、知的障害があるからといって虚構の事実を言うことができないなど、特別な証言能力、特性があるわけではないと主張したのが画期的。山田さんの自白についても、概括的で一貫しないとし、自白したのも納得できると認定した。論点を押さえた形で明確な判決だ。無罪以外の判決はできないと思っていたが、ここまで出るとは思わなかった。今後は検察控訴があるかどうか、防げるのかどうかが最大のかぎ。検察には判決を真しに受け止め、長期裁判はやめてほしい。(1998324日『東京新聞』夕刊)

 3月30日 神戸地裁が元指導員に無罪判決(差し戻し審の途中から元指導員は弁護方針などへの不満から元保母らと共通の弁護団を解任、新しい弁護人を選任して審理が分離されていた)          

第2次控訴審(98年〜)

【1998年】

 4月06日 神戸地検が3人について控訴。            

【1999年】                         

 1月22日 大阪高裁(河上元康裁判長・201号大法廷)で元保母、元園長の第2次控訴審(大阪高裁)開始。

 検察側⇒今回の控訴審を担当する大阪高検のトップ、逢坂貞夫検事長(62)は78年当時、神戸地検の主任検事として山田元保母を再逮捕、起訴した検察官。逢坂主任検事の右腕として再捜査に取り組んだのは、前同高検次席検事の加納駿亮・神戸地検検事正(56)。この2人が「山田元保母が男児の両足を持って廊下を引きずり、非常口から外に連れ出すのを見た」とする園児供述を引き出した。今回、証拠申請する予定の20年以上前の園児供述テープも、2人の園児に対する取り調べの様子を録音したものだ。つまり、いったん不起訴になった同事件を再捜査で起訴に持ち込んだ当時の担当検事らは、4半世紀を経た現在、関西検察の最高幹部に。

 弁護側⇒元保母の山田悦子被告(47)の弁護団は、新たに元日本弁護士連合会長で住宅金融債権管理機構社長の中坊公平弁護士(69)、前日弁連会長の鬼追明夫弁護士(64)ら183人が加わったため、北山六郎団長(76)を含め3人の日弁連会長経験者を擁する総勢239人に膨れ上がった。多数の大物弁護士を新たに加えた甲山事件5度(事件から25年)目の審理は、法曹界のリーダー同士が威信をかけて争う構図となった。

 2月03日 
 大阪高裁で元指導員に対する第2次控訴審の第2回公判が開かれ、「元保母が男児を連れ出すのをみた」とする園児からの聴取状況を録音したテープ4本について、河上裁判長は証拠採否を保留した。また精神鑑定医らの証人調べなどは却下した。

 2月19日  大阪高裁で元保母に対する第2次控訴審の第3回公判が開かれ、河上裁判長は検察側が証拠申請していた元保母が「男児を連れ出すのを見た」と証言した園児を検事が聴取した際の録音テープについて、「内容を聞いてみたが、必要性がない」として却下した。なお、この日の法廷で弁護側は、園児の1人がテープの中で事件当時の元保母の服装を検察側の主張の「黒いコート」ではなく、「ピンクのジャンパー「と証言している事実を指摘、「証言内容に重大な食い違いがある」などとして証拠採用に異議を唱えた。これに対して検察側は、「知的障害がある園児の証言であり、細部で変遷や食い違いがあるのは当然、自由な雰囲気で証言していることを立証するのが目的だ」と反論した。また、分離公判中の元指導員の証人尋問については、審理を併合した上で3月5日に元指導員の被告人質問として実施することになった。実質的な証拠調べはこれで終わり、3月31日の最終弁論で結審する。

3月07日 

第2次控訴審の第4回公判が開かれ、元指導員の被告人質問が行われた。97年12月、差戻し審の公判で、「元保母からアリバイのことで何度も話しかけられ閉口した」などと最終意見で陳述したことから、アリバイ工作や偽証があったのでとする検察側の追及に元指導員は「記憶通りに証言した。その部分だけ読むと誤解を招くかもしれないが、最初から最後まで正確に読んでもらえばわかっていただける」と述べ、検察側の主張を否定した。また、最終意見陳述書の記述の意味などを問う質問については、「最終意見陳述書に書いてある以上のことは分からない」と繰り返したうえで、「これ以上お話することはない」と黙秘したので、質問は打ち切られた。このため検察側は、黙秘権のない証人としての元指導員を取り調べるに改めて公判を分離するよう主張したが、河上裁判長はこれを棄却した。証拠調べはこれですべて終わり、3月31日の次回公判で検察側と弁護側の最終弁論があり、初公判から約2ヵ月という異例の早さで結審する。

 3月31日 
 第2次控訴審の第5回公判が開かれ、検察・弁護側双方が最終陳述を行い結審した。21年に及ぶ長期裁判の第2次控訴審は、約2か月という異例のスピード審理となった。元保母の判決公判は99年9月29日、元園長の判決は同年10月22日に言い渡される。閉廷後記者会見した主任弁護人は、「裁判所の的確で迅速な訴訟指揮により、必要最小限の証拠採用(元指導員の最終意見陳述を記録した公判調書だけを証拠採用した)で審理は終わった。検察の控訴理由を支える証拠はなにもなくなり、判決は控訴棄却(無罪判決)と確信している」と話した。

 9月29日

 みたび無罪。河上元康(免田事件再審無罪判決を熊本地裁八代支部長時代に行う)裁判長午前10時、検察側の主張を全面的に否定し、無罪を言い渡した差し戻し審の神戸地裁判決を支持して検察側の控訴を棄却。裁判長は「園児の証言や状況証拠からは山田さんを犯人と認めることはまったくできず、アリバイが成立する可能性が高い。山田さんの捜査段階での自白も信用性に乏しい」などと述べた。

判決はまず、一審の無罪判決を破棄・差し戻した第1次控訴審判決の拘束力について、「審理が不十分だという前提の破棄であり、積極的に(有罪の)証拠価値が認められると判断したわけではない」と指摘。無罪を言い渡した差し戻し審判決に違法性はない、と述べた。 そのうえで、アリバイについて検討。検察側が主張する元同僚によるアリバイ工作をめぐって「犯人がだれか見当もつかない時点で、一同僚にすぎない人に犯行をうち明けるとは理解できない」と検察側主張に根本的な疑問を投げかけ、国家賠償請求訴訟の偽証罪に問われている元指導員(55)によるアリバイ工作も否定した。続いて、外部との電話の時間や元園長(68)の外出時間を、ほぼ弁護側の主張に沿って認定。「犯行時間帯とされる午後8時前後には山田さんは管理棟事務室におり、むしろアリバイが成立している可能性が高い」と指摘した。

裁判を通じて最大の争点だった園児証言については「不自然な変遷や捜査員による誘導が認められる」と述べ、信用性を否定した。

また、山田さんが74年4月、兵庫県警に逮捕された際にしたとされる自白についても、「捜査段階の一時期になされた断片的で不完全なもの。動機が不合理な内容であるだけでなく、事実にも反しており、信用性は乏しい。真実でないのに供述してしまった理由も具体性がある」とした。

さらに、検察側が唯一の物証としていた、山田さんのコートと悟君のセーターの繊維片が相互付着していたとの鑑定についても、「鑑定内容は科学的鑑定としての価値は低い。検察官の主張する繊維付着の事実が、犯行を推認させる間接事実としての意味があるとまでは言えない」と判断した。

第2次控訴審判決要旨

10月8日

検察が上告断念 山田さんの無罪確定(山田さんは名実ともに自由の身に)。大阪高検は10月7日、長期裁判の問題点を考慮する一方で、上告しても第2次控訴審判決を覆すのは困難と判断、最高裁に上告しないことを決めた。1度目の逮捕、不起訴から一転して再逮捕、起訴され、判決も無罪から破棄差し戻し、その後一度も有罪判決がない上に2度(合計3度)の「無罪」判断と異例の経過をたどってきた甲山事件は、発生から25年、初公判から21年4カ月余りを経て山田さんの無罪が確定することになった(8日に、最高検で得て正式決定)。刑事裁判が無罪で確定することで、山田さんが最初に逮捕された74年、国と兵庫県を相手取って神戸地裁尼崎支部に起こし、審理が中断している国家賠償請求訴訟の審理が再開される。山田さんへの刑事補償などを通してえん罪の責任問題が焦点になる。

1022

元園長にも無罪判決(求刑1年に21年の裁判)――偽証罪に問われた元同園園長の荒木潔被告(68)に対する第2次控訴審の判決公判が午前、大阪高裁で開かれた。河上元康裁判長は、事件当夜に外部からかかってきた電話の順序や時刻などについての検察側の主張を退けたうえで、「検察側主張の事実に反する証言をしたことをもって、記憶に反するうその証言をしたという偽証罪を推認しようとする検察側の立証方法では、もはや起訴事実を証明できない」と述べ、無罪を言い渡した差し戻し審の神戸地裁判決を支持して検察側の控訴を棄却した。荒木さんは1987年の1審・神戸地裁でも無罪判決を受けており、これが3度目の「無罪」判断になる。

1029

元指導員にも無罪判決――偽証罪に問われた元同園指導員、多田いう子被告(55)に対する第2次控訴審の判決公判が29日午前、大阪高裁で開かれた。河上元康裁判長は、「事件当夜の多田さんの行動に関する検察側の主張は誤りで、多田さんの証言内容がほぼ真実であると認められる。検察側主張のようなアリバイ工作を証明するような証拠はまったく存在しない」などと述べ、無罪を言い渡した差し戻し審の神戸地裁判決を支持して検察側の控訴を棄却した。多田さんは1987年の一審・神戸地裁でも無罪判決を受けており、これが3度目の「無罪」判断になる。

 多田さんは、不起訴になった第1次捜査の違法性を問う国家賠償請求訴訟の中で、検察側が山田さんによる園児殺害の犯行時間帯と主張した午後8時前後の自らの行動について、「午後7時半ごろから午後8時15分過ぎごろまで、山田さんや荒木さんらと管理棟事務室にいた。園児が行方不明になったことは、管理棟で山田さんから聞いた」などと証言したことが偽証にあたるとして起訴された。

判決で河上裁判長は、「この時間帯に、多田さんはずっと別棟の若葉寮にいた」との検察側主張に沿う職員2人の証言について、「内容に不合理な変遷が見られる」などとして信用性が低いと判断した。一方、多田さんの供述については「事件の翌日から一貫しているうえ内容にも具体性があり、信用性が高い」と述べた。また、検察側が「アリバイ工作を認めている」と主張した差し戻し審・神戸地裁での多田さんの最終意見陳述についても、「そういう内容のものとは思えない」と指摘した。 そのうえで、検察側の「多田さんらが山田さんのアリバイを作出した」という検察側の主張を「多田さんと一緒にいた別の職員の存在を無視するなど現実離れした想定が必要で、常識的に見て根本的な疑問がある」として退けた。

 

11月4日

 元園長ら2人の無罪確定 大阪高検が上訴権放棄―― アリバイを偽証したとして偽証罪に問われ大阪高裁で無罪判決を受けた元園長、荒木潔さん(68)と元指導員、多田いう子さん(55)について、大阪高検は4日、「判例違反など明確な上告理由が見いだし難い」「審理の長期化や高裁判決の重みも考慮した。今回の裁判を貴重な教訓とし、事件の真相解明と迅速な裁判の両立に向け一層の努力をしていきたい」として同高裁に上訴権を放棄する手続きを取った。これで、兵庫県西宮市の知的障害児施設「甲山学園」(廃園)で、男児(当時12歳)を浄化槽に落としたとして殺人罪に問われ、無罪が確定した元保母、山田悦子さん(48)を含め事件関係者3人全員の無罪が確定した。

 

00年3月3日

弁護団は、「さらに長期の法廷闘争を続けるのは精神的、肉体的に限界。山田さんの今後の人生を考え」、国・兵庫県を相手取り神戸地裁尼崎支部に起こしていた国家賠償請求訴訟の取り下げを発表明した。 これにより、山田さんとともに提訴していた元同僚2人も訴えを取り下げる方針で、甲山事件を巡る一連の裁判はすべて終了する。弁護団は解散し、今後、甲山事件の経過を出版するなどの形で捜査当局の責任追及を続ける方針である。なお、国賠訴訟は、山田さんが最初に兵庫県警に殺人容疑で逮捕され、釈放後の74年7月に「不当逮捕」として600万円の損害賠償などを求めて同僚2人と提訴。その後、神戸地検に再逮捕されたため、78年3月の弁論以降、約22年間、中断していた。

 

 

01年2月27日

神戸地裁は、刑事訴訟法と刑事補償法に基づき、山田に対する裁判費用や勾留などの補償を計約2,090万円、元園長の荒木潔さんに対する補償を計約610円と決定した。白神裁判長は、山田さんの費用補償について「旅費や報酬を補償する弁護人を延べ15人に限るのが相当」と判断し、補償金額を約2,030円(戦後2番に高額)と算定した。刑事補償は、勾留された計48日間に刑事補償法で規定された1日当たり12,500円を乗じた60万円と決めた。荒木さんに対しても同様の算定方法で、費用補償を約580万円、刑事補償を30万円とした。なお、古高健司弁護士は「弁護には多いときで239人の弁護士がかかわったので、範囲を広げてほしかった。山田さんは逮捕されて無罪が確定するまでに25年間かかった。刑事補償は勾留された期間だけでなくこの25年間を考慮すべきだ」と話した。

 

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いつまで続く、日本のえん罪構造。司法の抜本的改革が急務の課題

甲山事件弁護団の古高健司主任弁護人の話

検察官が上告を断念した理由は三つあると思う。一つ目は、これ以上裁判が長引けば、それ自体が憲法違反になること。二つ目は、第2次控訴審判決に、上告するのに必要な憲法違反や法令違反などがなく、上告しても検察に対する国民の信望がいっそう失われること。そして、今回の判決を圧倒的に支持する世論を検察当局が無視できなかったことだ。

 

説明: http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/line1.gif

キーワード集

☆ 「山田さんはまだ若い。後半の人生で幸福を勝ち取り、いい余生を送ってほしい」(甲山事件主任弁護人の古高健司弁護士の言葉)

「大切な園児の命を守れなかった責任、園児を証言台に立たせた責任をかみしめている。これからは被告人ではなく、一市民の仲間入りをさせて下さい」 ☆「法に対する熱い希望をもてる、正義を求めて闘っていける、と思わせてくれるメッセージでした」 ☆「これからは正義と善が支配する司法をつくるたたかいを、被告人ではなく、一市民として進めていきたい」 ☆私に無罪が確定しても、記憶にないことを証言させられてしまった事実は残る。甲山事件が深刻なのは、子供たちが司法の道具に使われたこと。今も社会の片隅で生きる子供たちのことを考えるとつらい」――(甲山事件冤罪被害者山田悦子さん(48才)のみたび無罪判決を受けての言葉)。

「山田さんは20代から40代に至るまでの最高の活動期に幸福追求の権利を奪われ、筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたい辛苦(しんく)を負わされてきた」(甲山事件弁護団声明)

「これ以上の苦しみを山田さんに与えないために、検察庁は上告(期限10月13日)を断念し、本判決をもって事件を終結させるべきだ」(甲山事件弁護団の大阪高検に対する申し入れ書の言葉)

起訴から21年7カ月、3回目の無罪判決が出た。法律的には最高裁の審理を求める道が残されているが、「まだ最高裁がある」は検察の言うべきセリフではない(9月30日付『東京新聞社説』)

「目に見えない孤独感を絶えず感じながら生きる。それが被告として生きること」(支援団体が作成した記録映像の中での山田さんの言葉)。

「残された人生は、えん罪をはらす時間だけです」(一児に母になっていた逮捕から4年経過して再逮捕された時の山田さんの言葉)。

「殺人犯のレッテルに傷ついたが、どんな状況でも学んだり考えたりすることで、希望を見出して生きていけることを知った」(法廷での山田さんの言葉)。

☆「素朴な娘さん。園児に愛情を持って細かいところまでよく面倒を見ていた。…逮捕されたときこれは違う(犯人ではない)と直感した」(同僚だった前田多衛さん)。

☆「明るくお茶目な女の子が、この25年間でとても成長した。あいさつや文章に触れる度に驚いた」(事件発生当時から山田さんを見てきた元同僚森さん)

  「山田さんは、園児の目線で話ができる数少ない人だった」(元同僚)。

☆「(36年間の刑事生活で被疑者否認のまま起訴した事件が1件もない)。それが私の自慢だったが、甲山事件だけは、取り調べに入った当初からやばいなあと思った。被疑者の自供しか頼るものがない。自供に基づいて鑑識で裏を取るように要請したが、鑑識がいってない。誰のミスなのかも判然としない。最初からいろいろなところで歯車が狂っていた」(山田さん最初の逮捕時に取調べを担当した元西宮署巡査部長の言葉)     

☆「山田さんの無罪を感じても、みな自分を守るのに必死だった。園児が事件に関与した可能性は考えるだけで不愉快で、口にするのもはばかれた。恐怖心と自己保身が渦巻き、捜査陣に付け込まれた」(学園関係者)。

☆「山田さんを犯人視した人も、人生を捻じ曲げられた。なくなった園児の遺族も、山田さんを憎まなくてはならなかった。みなが傷ついたことは、山田さんの無罪で解決する問題ではない。国家権力の行使は慎重であってほしい」(国家賠償訴訟でアリバイを証明し、「偽証罪」で逮捕された男性)。

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 説明: http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/boutyuken.jpg


争点――― 《第2次控訴審の争点表》

 

 <検察側>

  <被告弁護側>

上級審の拘束力

 

 第一次控訴審の破棄判断を左右するような新たな証拠が得られない場合、差し戻し審は上級審の判断に拘束される。

 破棄理由は審理不十分であるため、事実判断に拘束力はない。仮にあったとしても、差し戻し審で証拠調べをした場合は、上級審の拘束力が解除される。

 

園児供述

 

 園児らの言動や行動を不自然とするのは、精神遅滞児の心理などを理解できていないもので、判断を誤っている。

 検察官は精神遅滞児の特異性を強調し、都合の悪い点を隠そうとしている。目撃した園児らを職員が誰一人見ていないことも不自然。

 

自  白

 

 不当な取り調べはなく、供述内容も自然なもので、園児供述とも一致している。秘密の暴露に近い供述もあり、信用性も十分に認められる。

 

 秘密の暴露はない。取調官の誘導などで生み出され、虚偽であることは歴然。動機についても不自然、かつ不合理。

 

 

繊 維 片

 

 

 被害者の男児と被告の着衣の繊維が付着する機会は犯行時しか考えられず、被告の犯人性を推認させる有力な物的証拠。鑑定の信頼性は高い。

 

 男児を抱きかかえたのであれば、もっと多くの繊維が付着するはず。しかも鑑定では繊維の同一性は証明されていない。

 

 

アリバイ

 

 

 職員の中に犯人がいる状況の中で、被告にのみ、犯行時間帯とみられる74年3月19日午後8時前後のアリバイがない。アリバイ工作は被告の犯人性を強く推認させる。

 関係者の行動と犯行時間帯から、被告にはアリバイが成立する。記憶に基づいて事実を述べており、アリバイ工作はない。

 

園児供述

 

 

  基本的な事実については捜査段階の供述を一貫して維持している。口止め工作の有無や取り調べ状況を(差し戻し審で)審理すべき。

 

  供述が事件後3年を経過しており、内容も変遷を重ねているなど不自然で、取調官の影響を受けた可能性がある。

 

 

自  白

 

 

 被告の供述には変遷はあるものの、犯行の中核と思われる部分で具体的な供述をしており、信用性を否定するのは相当でない。

 否認に転じてからは一貫して否認を続けている。否認前の自供内容も概括的、断片的で、かつ動機に具体的な供述がないなど信用できない。