ヤルタ協定

クリミヤ会議の議事に関する議定書中の日本国に関する協定

                   1945(昭和20211日 ヤルタで署名

 

説明: yarutakaidann

 

ヤルタ会談での英・米・ソの3首脳(左からチァーチルルーズベルトスターリン

 

 

第2次世界大戦末期の1945(昭和20)年2月4日から11日までの8日間、ソ連・クリミア半島のヤルタ市(現ウクライナ領)の南方にあるリヴァディア宮殿を会議場に、アメリカ・イギリス・ソ連の3首脳が会談した際に、日本に関して結ばれた秘密協定。

 

このまま戦争を継続すると、米軍100万人以上の損害を招くと予測した米英は、ソ連の対日参戦を強く要請した。その際、南樺太の領有・南満州鉄道の中ソ共同経営、千島列島(北海道東端とカムチャツカ半島南端との間に、北東方向に弧状に連なる列島。活火山が多い。主な島は国後〔くなしり〕・択捉〔えとろふ〕・得撫〔うるつぷ〕・幌筵〔ぱらむしる〕・占守〔しむしゆ〕などで、1854〔安政1〕年の日露和親条約により択捉島以南を日本領と定めたが、1875年〔明治8〕の樺太〔からふと〕・千島交換条約により全島が日本領となった)のソ連引き渡しなどを約束した。そこでソ連は同年8月9日、日本に「日ソ中立条約」の破棄を通告して対日参戦に踏み切った。しかし、後に米国は本協定の法的効果を否定し、日本は本協定の存在すら知らずこれに拘束されないとしている。また、同会談では、ドイツの戦後処理、国際連合設立などについて協定された。

 

このヤルタ会談(協定)に関し、米・ブッシュ大統領は、05年5月7日に「歴史的な誤り」としてこれを批判した。これに対して、ロシアのプーチン大統領は、対独戦勝利記念に関する論文で、同協定を「ナチズムの復活を許さない新国際秩序を構築し、地球規模での紛争から世界を守り、国際連合も創設された」と強調し、同協定の意義を積極的に評価した。

 

 


 3大国、すなわちソヴィエト連邦、アメリカ合衆国及び英国の指導者は、ドイツ国が降伏し且つヨーロッパにおける戦争が終結した後2箇月または3箇月を経て、ソヴィエト連邦が、次の条件で連合国側において日本国に対する戦争に参加することを協定した。

1 外蒙古(蒙古人民共和国)の現状は維持する。

 

2 1904年の日本国の背信的攻撃により侵害されたロシア国の旧権利は、つぎのように回復される。

() 樺太の南部及びこれに隣接するすべての島を、ソヴィエト連邦に返還する。

(ロ)      大連商港を国際化し、この港におけるソヴィエト連邦の優先的利益を擁護し、また、ソヴィエト社会主義共和国連邦の海軍基地としての旅順口の租借権を回復する。

(ハ)     東清鉄道及び大連に出口を提供する南満州鉄道は、中ソ合併会社を設立して共同に運営する。但し、ソヴィエト連邦の優先的利益を保障し、また、中華民国は、満州における完全な利益を保有するものとする。

 

3 千島列島は、ソヴィエト連邦に引渡す。


 前記の外蒙古並びに港湾及び鉄道に関する協定は、蒋介石総統の同意を要する。大統領は、スターリン元帥からの通知により、この同意を得るために措置を執る。

 3大国の首班は、ソヴィエト連邦のこれらの要求が日本国の敗北した後に確実に満足されることを合意した。

 ソヴィエト連邦は、中華民国を日本国の束縛から解放する目的で、自国の軍隊によりこれに援助を与えるため、ソヴィエト社会主義共和国連邦と中華民国との間の友好同盟条約を中華民国政府と締結する用意があることを表明する。